《 アラスカ物語 》
著者 新田次郎
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果敢に生きる人間を描く作家
フランク安田の生涯・・・新田次郎は昭和30年纏めた「北極光(オーロラ)」が物足らず、17年後の1948年初夏のアラスカへ1ヶ月取材旅行を決行、小説化を試みた・・・3ヶ月で書きおろし昭和31・「アラスカ物語」が刊行された 同様の書きおろし作品に「八甲田山死の彷徨」がある
安田恭介は・・・明治元年宮城県石巻に生まれ15歳で両親を失う 19歳で外国航路(三菱造船)の見習い船員、やがて北極圏アラスカのポイントバローに留まる エスキモーの女性と結婚、アラスカ社会に溶け込んでいく 食料不足・疫病の流行・滅亡に瀕したエスキモー達を救出すべく2年間かけ準備、200人を引き連れ冬のブルックス山脈を越える ビーバー村に新天地を夢見る物語
1967.10.18
アラスカはロシア領からアメリカ領に

表紙の写真(星野道夫)
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小説 アラスカ物語
安田恭輔の生涯
フランク安田
フランク安田は・・・100年前・西暦1900年前後悪戦苦闘の末金鉱を探し充てる 内陸アラスカ・ビーバー村に拠点を定め2年がかりで準備 北極沿岸・ポイントバローから希望者を募りエスキモーの人達200人(男・女・子)を引き連れ冬のブルックス山脈を犬橇で越えるという大移動を敢行
冬の期間は8ヶ月・・・移動に適する季節は冬のみ 犬橇が荷物を運んだり人を運ぶには冬が適している 2年がかりで始まったエスキモー村建設でした 冬の間は銃の使い方・狩の仕方を教え、生肉を食べていた彼らに火の熾し方調理の仕方を教え、捕鯨民族・エスキモーの人々は徐々に学習していった
春から夏へ・・・内陸狩猟生活へと生活を一変した 一言では言えない苦労の連続の末、飢えからは逃れることが出来ました アサバスカンインディアンの領土の中にぽつんと造られたビーバー村・・・それ以後捕鯨民族・北極海沿岸エスキモー人の居住地となった それは一つの小さな民族移動だった
仕事は金鉱関連の物資輸送・・・エスキモーの食料は鯨からカリブー・ビーバーに代わった フランク安田の無償の行為はエスキモーの生活を生涯支え続けた 日本へ帰国することなくビーバー村建設に尽力し、望郷の念を抱きながら1958年1月・・ビーバー村で90歳の生涯を終えた
年月が人々の記憶を風化
壮大なロマン・・・夢に向かい大事業を成し遂げた安田恭介という男の物語 明治年間にこんな日本人が日本にいたことにとても驚き彼を尊敬します フランク安田の魂は見守る人もなくビーバー村にひっそりと眠っています

フランク・安田の墓
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フランク安田は二十世紀の奇跡
《ジャパニーズ・モーゼ》と讃えられた
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参考図書・・「ウーマンアローン」
★私の名は「ナルヴァルック」
新田次郎に触発・・・「アラスカ物語り」を読んで感動、アラスカへ飛ぶ体験記・・ユーコン川をカヌーで1500m先のビーバー村目指す若き女性の奮闘記(ノンヒクション)・・・「開高健ノンヒクション賞」受賞
「アラスカ旅行記」の続編刊行
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読書会
2011.10.11(火)